「雨の御堂筋」や「ラヴ・イズ・オーヴァー」で知られる台湾出身の歌手・欧陽菲菲(オーヤン・フィーフィー)さん。
最近は日本のテレビで見かける機会が少なくなったため、「欧陽菲菲は現在どうしてる?」「生きてる?」「死因は?」と心配して検索する人もいるようです。
結論からいうと、2026年9月23日時点で欧陽菲菲さん本人が亡くなったという事実は確認されていません。1949年9月10日生まれなので、現在の年齢は77歳です。
この記事では、欧陽菲菲さんの現在や死因と検索される理由をはじめ、夫・式場壮吉さんとの結婚、娘や家族、「雨の御堂筋」についても確認できる情報をもとに紹介します。
欧陽菲菲は現在も生きてる!77歳で訃報はない
まず一番気になる「欧陽菲菲さんは現在も生きているの?」という疑問から見ていきましょう。
2026年9月23日時点で、欧陽菲菲さん本人が亡くなったという公式発表や訃報は確認できません。
そのため、「欧陽菲菲 死因」という検索キーワードがありますが、本人には現在のところ死因はありません。
欧陽菲菲さんは1949年9月10日生まれ。
2026年9月10日に77歳の誕生日を迎えています。
2023年には73歳で金曲奨のステージに登場
近年の姿をはっきり確認できる大きな出来事が、2023年7月に台湾で開催された「第34回金曲奨」です。
欧陽菲菲さんは長年の音楽活動が評価され、特別貢献賞を受賞しました。
本人が台北アリーナのステージに登場してトロフィーを受け取り、最後には「感恩的心」をアカペラで歌っています。
さらにスピーチでは、歌うことやパフォーマンスは人生の夢であり、できるなら歌い続けたいという思いも語りました。
日本では長く姿を見ていなかっただけに、このときの映像を見て「元気だったんだ」と安心した人も多かったのではないでしょうか。
2024年には東京で暮らしていると報じられた
2024年8月にはNEWSポストセブンが、関係者への取材をもとに欧陽菲菲さんの近況を報じています。
記事では、当時も東京で生活していると伝えられました。
一方で、積極的にテレビ出演やコンサートを行っている状況ではなく、表舞台からは距離を置いているようです。
2026年までに引退を正式発表したという情報も確認できません。
現在は「引退した歌手」というより、活動をかなり絞っている状態と考えるのが近そうです。
欧陽菲菲に死因はない!噂は夫の死去との混同?
欧陽菲菲さんについて検索すると、かなり気になるのが「死因」というキーワードです。
しかし前述したように、欧陽菲菲さん本人が亡くなったという事実は確認されていません。
では、なぜ「死因」と検索されるのでしょうか。
夫・式場壮吉が2016年に亡くなっている
理由の一つとして考えられるのが、夫だった式場壮吉さんの死去です。
式場さんは元レーシングドライバーで、日本のモータースポーツ草創期を代表する人物でした。
2016年5月17日に77歳で亡くなっています。
日テレNEWSによると、夫・式場壮吉さんの死因は肝不全でした。
肝不全で亡くなったのは夫の式場壮吉さんであり、欧陽菲菲さんではありません。
夫の訃報と、欧陽菲菲さん自身がメディアにほとんど姿を見せなくなった時期が重なったことで、情報が混同された可能性もありそうです。
夫の死後に表舞台から遠ざかった
夫の死は、欧陽菲菲さんにとって非常に大きな出来事だったようです。
式場さんが亡くなった際、欧陽菲菲さんは所属事務所を通じてコメントを発表。
長年、自分の仕事を応援し、家族も大切にしてくれた夫への感謝を語っています。
2024年の報道では、夫を亡くして以降、積極的に表舞台へ出ることが少なくなったとも伝えられています。
露出が減ったことが「亡くなった?」という検索につながった可能性がありますが、死亡説は事実ではありません。
欧陽菲菲の夫は式場壮吉!1978年に結婚
欧陽菲菲さんが結婚した夫は、元レーシングドライバーの式場壮吉(しきば・そうきち)さんです。
2人は1978年に結婚しています。
当時は、日本で人気絶頂だった台湾人歌手と、有名レーシングドライバーという国際結婚が大きな話題になりました。
2人は離婚したのではなく、2016年に式場壮吉さんが亡くなるまで夫婦でした。
式場壮吉は日本GPでも活躍したレーサー
式場壮吉さんは1963年に鈴鹿サーキットで開催された第1回日本グランプリに出場。
トヨタ・コロナを運転してクラス優勝を果たしています。
翌1964年の日本GPではポルシェ904に乗り、生沢徹さんのスカイラインGTとのバトルが日本のモータースポーツ史に残る名勝負となりました。
レーサーを引退した後は実業家としても活動しています。
欧陽菲菲さんの夫としてだけではなく、日本の自動車史でも知られる人物だったんですね。
2016年に肝不全で死去
式場壮吉さんは2016年5月17日、東京都内の病院で亡くなりました。
享年77歳です。
欧陽菲菲さんは当時、「この人生で彼と夫婦でいられたことはとても幸せだった」という趣旨のコメントを発表しています。
1978年の結婚から約38年間を夫婦として過ごしたことになります。
欧陽菲菲に娘はいる?家族の欧陽娜娜は姪
「オーヤン フィーフィー 娘」と検索すると、若い女性の写真が出てくることがあります。
特に名前がよく登場するのが、チェリスト・俳優として活動する欧陽娜娜(オーヤン・ナナ)さんです。
ただし、ここは間違えやすいところです。
欧陽娜娜さんは欧陽菲菲さんの娘ではなく「姪」です。
欧陽菲菲に子供がいるという確かな情報はない
複数の人物資料では、欧陽菲菲さんと式場壮吉さんの間に子供はいなかったとされています。
少なくとも、本人や夫の訃報を伝えた主要報道などから欧陽菲菲さんに娘がいるという事実は確認できません。
そのため、「欧陽菲菲の娘」として欧陽娜娜さんを紹介するのは誤りです。
家族関係として確認できるのは、欧陽娜娜さんが欧陽菲菲さんの姪であることです。
姪の欧陽娜娜はチェリスト・俳優として活躍
欧陽娜娜さんは、欧陽菲菲さんの弟の娘です。
チェリストとして若くして注目を集め、俳優や歌手としても活動しています。
2016年には日本でアルバムを発売し、その作品には叔母・欧陽菲菲さんの代表曲「ラヴ・イズ・オーヴァー」のチェロ版も収録されました。
同じ年に式場壮吉さんが亡くなった際には、欧陽娜娜さんが「叔母を支えていく」という趣旨のメッセージを寄せています。
こうして見ると、欧陽家はかなり音楽との縁が深い家族なんですね。
欧陽菲菲の「雨の御堂筋」は日本デビュー曲
欧陽菲菲さんを代表する曲の一つが「雨の御堂筋」です。
1971年9月、この曲で日本デビューを果たしました。
そして新人のデビュー曲とは思えないほどの大ヒットになります。
徳間ジャパンの公式プロフィールによると、オリコンチャートでアジア人として初めて9週連続1位を記録しました。
「雨の御堂筋」で日本レコード大賞新人賞
「雨の御堂筋」のヒットによって、欧陽菲菲さんは1971年の第13回日本レコード大賞で新人賞を受賞しました。
その後も「雨のエアポート」「恋の追跡」などのヒット曲を発表しています。
1972年にはNHK紅白歌合戦にも初出場。
外国人歌手として初めて紅白の舞台に立った歌手としても知られるようになりました。
台湾出身の歌手が日本の歌謡界のトップに立ったという意味でも、「雨の御堂筋」は大きな転機となった曲です。
「ラヴ・イズ・オーヴァー」でも再び大ヒット
そしてもう一つ忘れられないのが「ラヴ・イズ・オーヴァー」です。
1980年代に大ヒットし、1983年の日本レコード大賞でロングセラー賞を受賞しました。
現在も多くの歌手にカバーされ、カラオケでも長く歌われています。
私の場合も、欧陽菲菲さんと聞くと「雨の御堂筋」と「ラヴ・イズ・オーヴァー」のどちらかがすぐ頭に浮かびます。
本人がテレビにほとんど出演しなくなっても、楽曲自体は今も歌い継がれているというのがすごいところですね。
欧陽菲菲の現在・夫や家族まとめ
今回は、欧陽菲菲さんの現在や「死因」「生きてる」と検索される理由、夫や娘・家族について調べました。
2026年9月23日時点で欧陽菲菲さん本人の訃報は確認されておらず、現在77歳です。
2023年には台湾の「第34回金曲奨」で特別貢献賞を受賞し、自らステージに登壇しました。
「死因」と検索されますが、亡くなったのは夫の式場壮吉さんです。
式場さんは2016年に肝不全で亡くなっており、欧陽菲菲さん自身の死因ではありません。
2人は1978年に結婚し、式場さんが亡くなるまで約38年間夫婦でした。
また、「娘」と検索されることがありますが、チェリストの欧陽娜娜さんは娘ではなく姪です。
現在は表舞台への出演こそ少ないものの、欧陽菲菲さん本人が正式に引退を発表した事実も確認できません。
「雨の御堂筋」で日本デビューしてから半世紀以上。
姿を見る機会は少なくなりましたが、77歳になった現在も「雨の御堂筋」や「ラヴ・イズ・オーヴァー」は世代を超えて残り続けています。



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